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教育DXに欠かせない「デジタル・シティズンシップ」。教育現場のデジタル化で終わらせないためには

教育DXに欠かせない「デジタル・シティズンシップ」。教育現場のデジタル化で終わらせないためには

2024年04月23日掲載
※ 記載された情報は、掲載日現在のものです。
教育DXに欠かせない「デジタル・シティズンシップ」。教育現場のデジタル化で終わらせないためには

新型コロナウイルス感染症の拡大により、世界的に広がりを見せた教育業界のデジタル化。日本でも文部科学省が「GIGAスクール構想」を推進しており、GIGAスクール構想の次のフェーズとして「NEXT GIGA」も叫ばれるようになりました。

そのような「教育×デジタル」が進む中で、必要になるのが「デジタル・シティズンシップ教育」という考え方です。シティズンシップとは市民権、市民性という意味を持ちますが「この世界を生きる"市民"の1人として、どのような資質・能力が必要か、どのように振る舞うことが善いことなのかを考えること」を指します。

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はじめに

教育のデジタル化が進化していく中で、教育者は何を注意し、子どもたちと接していかなければならないのか。今回は法政大学キャリアデザイン学部図書館司書課程担当 教授であり、日本デジタル・シティズンシップ教育研究会 共同代表理事である坂本旬氏に話を聞きました。

坂本 旬 氏

<プロフィール>
坂本 旬 氏
法政大学 キャリアデザイン学部 キャリアデザイン学科 教授
日本デジタル・シティズンシップ教育研究会 共同代表理事

★上記のリンクから、坂本様のご講演記事もご確認いただけます。

皮肉にも世界で評価された日本の「進まない教育のデジタル化」

― まずは文部科学省が掲げる「GIGAスクール構想」について聞かせてください。

GIGAスクール構想とは、学校教育にコンピューターを取り入れる計画で、新型コロナウイルス感染症の影響で2020年度の計画から前倒しする形で2019年12月にスタートしました。学校閉鎖を背景に「リモート教育」に重きを置く形で進められ、全国の学校で導入が始まったのです。

それから4年が経ち、計画を刷新するにあたって問題になっているのがデバイスの価格高騰です。円安によりデバイスの価格が上がり、生徒の人数分のデバイスを揃えるには補助金を上乗せしなければならなくなりました。一方で、単に安いデバイスを選べばいいわけではなく、どういう目的でGIGAスクールを進めていくのか、これまでの成果を見直しながら、議論を重ねているのが現状です。

― リモート教育は急ぎ足で始まった印象がありますが、地域や学校によって格差は起きなかったのでしょうか。

学校によって格差が起き、それが大きな問題になっています。自治体によってはデバイスを家庭に持ち帰ることができず、当初想定していたようにリモート教育が進まなかった地域もあります。ただし、日本は新型コロナウイルス感染症流行下の学校閉鎖も3カ月ほどで終了し、他国に比べればリモートの期間は非常に短く、その影響は比較的軽度で済んだのも事実です。

さらに驚いたのは、日本の「進まない教育のデジタル化」が皮肉にも世界で評価されてしまったこと。「レジリエントな」国・地域※1の1つとして、リトアニアと台湾、そして韓国とともに日本が選ばれたのです。世界中の多くの国はデジタル化によるリモート教育が進んだことにより、学校閉鎖が長期化してしまった一方で、日本では比較的すぐに以前の教育体制に戻ることができました。

― 評価されたことは、どんな意味を持つのでしょうか。

新型コロナウイルス感染症流行下での教育のデジタル化が成功したと勘違いが生まれてしまいました。しかし、デジタル化が進んでいたOECD加盟国は、軒並み教育崩壊と言われるほど学力が下がってしまったのです。

すぐに学校での授業を再開できた日本は、学力の低下を最小限に抑えることができましたが、それは日本の「教育のデジタル化」が成功した証にはなりません。非常事態ではなくなった"今"こそ、本当の意味でも教育のデジタル化のあるべき姿を考え、NEXT GIGAスクール構想を練っていく必要があるでしょう。

※1 「レジリエントな」国・地域...PISA2022の結果より、以下の3つの側面すべてにおいて安定または向上が見られた国・地域
①数学の成績(数学的リテラシーの得点の2022年の結果と2018年から2022年にかけての変化)
②教育におけるウェルビーイング(学校への所属感の2022年の結果と2018年から2022年にかけての変化)
③教育の公平性(公平性の2022年の結果と2018年から2022年にかけての変化)
参考:https://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/pdf/2022/01_point_2.pdf

坂本 旬 氏

見落としてはならない「デジタル教育を受ける"権利"」

― NEXT GIGAスクール構想を考えるにあたって、何がポイントになるのか教えてください。

2021年に国連の「子どもの権利委員会」が「デジタル環境に関する子どもの権利についての一般的意見第25号※2」を出しており、そこに大事なポイントが2つ書いてあります。1つは「子どもたちにはデジタル教育を受ける権利がある」ということ。この意見書は世界の700人の子どもたちの意見を集めて作られており、子どもたちはデジタル環境で学びたいと思っていることが示されています。それを整備するのが権利保障の1つです。

もう1つは「子どもたちをプライバシー問題などの危険から守ること」。この大事な2つのポイントについては、残念ながら日本ではあまり議論が進んでいません。意見書が出されてから約3年が経過しましたが「子どもたちにはデジタル教育を受ける権利がある」ことすら知らない人が多いのが現状です。

― なぜ日本では、そのような権利について議論されないのでしょうか。

いくつかの要因はありますが、最大の要因は、子どもの権利を守ることを目指す団体がデジタル教育自体に批判的だからです。子どもをデジタルに触れさせると発達が阻害され、さまざまな危険にさらされるリスクがあるため、そもそもデジタルに触れさせなければいいと考えているのです。

大人が自分の身を守るためにデジタルから距離を置くのは個人の自由ですが、それを子どもたちに押しつけることはできません。単に子どもをデジタルから離すのではなく、デジタルによってどんなことができるのか、どんな危険があるのか一緒に議論していく姿勢が必要です。

― 教育のデジタル化のデメリットばかりが強調されているのが問題だと思いますが、デジタル化によるメリットも聞かせてください。

教育のデジタル化の大きなメリットは、さまざまな格差を埋めることができることです。ハンディキャップのある子どもたちにとって、デジタルツールは非常に効果的です。例えば文字の読み書きが苦手な「難読症」といわれる子どもたちが、ICT機器を活用した読み上げツールの利用によって、高い教育効果を得たことが報告されています。

一方で、これまでの教育を単にデジタル化しても効果がないことも分かっています。ユネスコが2023年に出したレポートでは、デジタル教育には読み書き能力を向上させる効果はないと述べています。それどころか、教育のデジタル化が進んでいる国では、軒並み読み書き能力が落ちており、中には教育のデジタル化を考え直そうとする国も出ているのです。

つまり、既存の教育をデジタル化するだけでは効果がないどころか、リスクすらあることを大人たちは知らなければなりません。それを踏まえて"これまでできなかったこと"をデジタルで実現することが重要になってきます。

※2 一般的意見25:デジタル環境に関する子どもの権利(General Comment No.25 on children's rights in relation to the digital environment)
参考:https://www.unicef.or.jp/news/2021/0121.html

デジタル活用のヒントは"DX"にあり

― 教育環境が充実している日本において、どのようにデジタルを活かせばいいのか聞かせてください。

その答えのヒントは、ユネスコの「持続可能な未来のためにデジタルを使うべき」という方針にあります。子どもたちが社会参加するための能力を身につけたり、国際社会に対する発信力を身につけたりするということです。それらの能力は、これまでの教科書中心の教育では習得できませんでした。

その考え方こそ、ユネスコが定める「デジタル・シティズンシップ」の根幹になる考え方です。これまでの教科書中心の教育をデジタル化するのではなく、ESD※3を実現することにこそデジタルツールを活用していくべきだと思っています。

― 今の教育のデジタル化をどう変える必要があるのでしょうか。

単なるデジタル化ではなくDX(デジタルトランスフォーメーション)をする必要があるということです。DXには「社会や人々の生活の向上」という考え方が含まれているため、そのためにデジタルをどう活かすかを考えなければなりません。

例えば、単にオンラインで英語を学ぶだけではデジタル化ですが、海外の子どもたちと交流しながら、どう社会問題を解決できるか議論するならば、その教育はDXにつながると言えるでしょう。英語を学ぶだけならこれまでの教科書でもできましたが、世界とつながるための教育はデジタルだからこそのメリットがあり、そのような教育にこそテクノロジーが使われるべきだと思います。

坂本 旬 氏

― 日本の目指す教育のデジタル化は、デジタル化で止まってしまい、DXに至っていないということですね。

冒頭で話した「オンライン教育の格差」が如実にそれを表しています。デジタル・シティズンシップには「デジタル・インクルージョン」という考えが含まれています。誰もが格差なくデジタルによって教育を含むさまざまな恩恵が受けられるという考えなのですが、日本ではそれが議論されていません。

例えば、オンライン教育は、デバイスだけ導入しても家にWi-Fi環境がなければ教育を受けられませんよね。アメリカではWi-Fiを入れられない貧困家庭のために、低価格でインターネットにつなげられる公共サービスを提供しています。

日本は文部科学省がWi-Fiルーターこそ用意しましたが、契約は個人でしなければならず、約11万台ものルーターが余る結果となりました。そのような事態を見ても、日本ではまだまだデジタル・インクルージョンの考えが十分ではないことが読み取れます。

― なぜ「デジタル・インクルージョン」という考えが生まれたのでしょうか。

教育格差がそのまま人生の格差になってしまうからです。しっかりとした教育を受けていない子どもは、いい会社に就職できずに貧困層になり、その子どもにもしっかりとした教育を受けさせられません。デジタル化はその格差を拡大してしまいます。だから、国連やユネスコはデジタル格差を解消するための政策が必要だと考えています。

そのような負の連鎖を断ち切るために、アメリカでは貧困家庭もしくはハンディキャップを持った子ども向けのデジタル教育プログラムがたくさんあるのです。それらは、日本の貧困層向けのデジタル教育プログラムの土台にもなっています。

※3 Education for Sustainable Development (持続可能な開発のための教育)の頭文字を取った略語。地球上で起きているさまざまな問題が自分の生活に関係していることを意識づけ、課題解決のために行動する力を育成する教育のこと。学習指導要領の基本となっている。

教育DXの先にある子どもたちの未来

― 日本はなぜデジタル化で止まってしまっているのでしょうか。

日本の教育のデジタル化が「教科書のデジタル化」に終始してしまっているからです。そもそも日本と海外では「デジタル教科書」の考え方が根本から違います。日本では基本的には既存の教科書をタブレットなどで読めるようにしたものですよね。

一方で、ユネスコの「デジタル教科書」とは"オープンソース"のようなもので、誰でも無料で使えるようになっています。だからこそ、貧困層でも教科書で学べるようになり教育格差を埋められるのです。

日本のように教科書をデジタル化しただけでは、格差を埋めることは難しいでしょう。

― 日本でもうまく教育のDXをしている学校があれば教えてください。

全国の学校の中には、先進的な取り組みをしている学校も見られます。例えば私が支援した福島県の小学校では、ネパールの小学校とビデオレターを使って交流しています。

持続可能な開発のための教育とは、地域のさまざまな問題を解決するために、さまざまな地域の人と交流しながら一緒に考え、そして最終的には行動に移さなければなりません。その小学校では、先生たちが自らカリキュラムを作って、最後は子どもたちが実際に行動できるような学習をしています。

坂本 旬 氏

ネパールの学校へ支援を行った際の動画を紹介する坂本氏

― たしかにそれは従来の教科書中心の教育とは一線を画しますね。

ネパールは、インターネット回線はおろか電気も安定していないため、私が支援に行ったときも突然停電することがよくありました。山の上なので水道もなく、タンクに雨水を溜めて生活をしています。

そのような生活インフラが整っていない地域があることを知り、どうしたら解決できるのか子どもたち自身が考え、世界に発信する。それこそが本当のデジタル教育のあり方だと思います。

― このような教育をすることで、子どもたちにはどのような影響があるのでしょうか。

確実に言えるのは、世界とつながる経験をすることで自信を持てることです。どんなに教科書で英語を学んでも、実際に海外の人と接することにアレルギーを持つ人は少なくありません。子どものころから海外とつながることで、世界に向けて発信する自信がつき、グローバルな視点で物事を考えられるようになります。

また、自分たちで社会課題を解決できるという自信にもつながります。今回の授業でもプラスチックが環境を汚染することを学び、どうすれば環境に負担をかけないか考えました。そこで本来なら捨てられていたプラスチック製のリコーダーを集めてネパールに送る取り組みをしたのです。

ほかにも社会や環境の問題は山ほどあります。子どものころに自分たちで課題を解決する経験を持てば、その後の人生に大きく役立つでしょう。

― そのような経験は進学や就職の際にも役立ちそうですね。

高校までにそのような活動をしている生徒は、企業や大学から真っ先に求められるはずです。最近、AO入試を導入する大学が増えているのも、学力テストでは分からない学生たちの経験を聞きたいという姿勢の現れでしょう。

一方で学生たちは、自身の経験を証明するためのポートフォリオが必要になります。自分の経験を自分の言葉で説明する能力が求められ、それは世界に発信する能力にもつながるはずです。

― 一方で、デジタル教育を導入する上で注意しなければならないことを教えてください。

自分のプライバシーを守ったり、自分の意見が本当に社会で受け入れられるか考える力を身につけたり、注意することはたくさんあります。世界に発信する能力は必要ですが、何でも発信すればいいというわけではありません。知らないうちに差別発言をしたり、意図せず誰かを傷つけたりしないように考える力が求められます。

ただし、最初に「○○をしてはいけません」という授業をしても全く意味がありません。危険な事例をたくさん見せて怖がらせても効果がないことは、さまざまな研究によって実証されています。それよりも、どんなことがなぜ問題になるのか、子どもたち自身で議論しあうことが重要です。

学校の先生をはじめ大人は答えを用意しがちですが、誰かから教わった答えはすぐに忘れてしまうもの。自分たちで考え議論して、初めて自分の血肉になっていくのです。

― たしかにデジタルでの発信は消せないため、より注意が必要ですね。

世間では「デジタルタトゥー」と呼ばれていますが、デジタル・シティズンシップの観点から見ると、その呼び方は適切ではありません。たしかにデジタルでの発信は消せないという特徴がありますが、この呼び方はネガティブな側面しか捉えていません。

そのため、デジタル・シティズンシップの観点では「デジタル足跡」と呼んでおり、どんな足跡を残すかは自分たち次第というメッセージを込めています。今やデジタル足跡は進学でも就職でも必ず見られるため、誰に見られても恥ずかしくない足跡を残すように教えることが重要だと思います。

まずは KDDI まとめてオフィスにご相談ください

※ 記載された情報は、掲載日現在のものです。